処仁は、龍仁の昔の地名として知られており、処仁城、処仁文化祭、処仁音楽祭など、今日まで広く使われている名称です。処仁は龍仁の東部地域を含んでおり、知名度が高いということから区庁(区役所)の名称として用いられるようになりました。今の龍仁の名称は、太宗13年(1413年)に龍駒県の「龍」と処仁県の「仁」を組み合わせて龍仁という名が生まれるようになりました。高麗時代にモンゴルの侵略を受け止めた我が民族の護国精神を受け継ぎ、市民の自負心を高めようという旨で、東部地域の名称を処仁区と名付けました。